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鹿児島地方裁判所 昭和41年(ワ)509号 判決

原告 渋谷仁太

被告 国

訴訟代理人 斎藤健 外三名

主文

原告の請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

第一、原告の第一次的主張(不法行為に基づく損害賠償請求)に対する判断。

(一)  被告の所轄大島税務署登録担当官吏が、昭和一三年五月一三日本件土地を、他に所有者が存在するにもかかわらず前記津止の申告に基づきこれをいわゆる脱落地と認めたこと、被告の係官らが順次土地台帳に国有地として登載し、ついで不動産登記官吏に嘱託して大蔵省名義に保存登記手続をなし、右津止に売却払下げて、同日右津止のための所有権移転登記を右登記官吏に嘱託してその旨の登記を了した事実は当事者間に争いがなく、当時の法制によれば、脱落地であることを理由に国に対し売却の申請があれば、これを国有財産法(大正一〇年四月法律四三号)二五条による国有財産台帳に雑種財産として登録することとなつていたこは被告の自認するところであるから、以上の事実よりすれば、他に特段の事情のないかぎり、被告の所轄大島税務署登録担当官吏が本件地土を脱落地として国有財産台帳に登録したものと推認できる。

(二)  そこで原告主張の大島税務署担当官吏某の過失につき判断するに、なるほど〈証拠省略〉によれば、右津止が本件土地について脱落地として申告をなした際、右登録担当官吏が、本件土地を実地につき調査すれば、本件土地がいわゆる脱落地でないことが容易に判明した筈であったと認めるに難くないので、右担当官吏がそれにもかかわらず右調査を怠り漫然と右津止の申告どおり本件土地を脱落地として国有財産台帳に登録したことに過失の存したことを認めることが出来る。他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかし、右国有財産台帳登録行為は国有財産の管理に資するためその所在、種類等を明確にすることを目的としてなされるもので、右は国の財産管理の必要上行われる行政庁内部の事務整理行為にすぎず、それ自体私人の権利義務に何ら影響をおよぼす行為ではない。

従って、原告において、特にその取引に際して右台帳の開示ないし証明を求めてその記載を信じて売買をなしたという如き特段の事情の存しない限り、津止との取引関係により生じた原告の損害との間には因果関係がないものというべきである。

すなわち、本件土地については、前記のとおり被告の係官がこれを国有財産と誤認したことから、順次に登記手続や津止要に対する払下げがなされているので、原告が津止から更にこれを買受けするに至つたとしても、前記の如き特別の事情につき主張立証のない本件においては、原告の右取引関係による損害は法律上津止との取引に基因する損害というべきである。いいかえると右津止から原告に転売された事実の介在により原告主張の国有財産登録行為と右損害との間には、もはや相当因果関係がないものと思料するのが相当である。

(三)  そこで、その他の被告係官らの行為について考えるに、原告は国有財産台帳登載官吏に過失があることの故をもつて、直ちに、他の土地台帳登載、不動産登記手続、払下げ処分等の一連の行為に違法があると主張しているけれども、(イ)土地台帳は当時地租法に基いて税務署に備えられた、地租の課税標準算定の基礎を明確に把握するための目的に供されたものであることは当裁判所に顕著な事実であるから、他に特段の事情のないかぎり、その登載内容の効力はともかく、右登載行為を直ちに原告に対する違法行為となし難い。(ロ)また不動産所有権の保存ないし移転の登記手続は前記払下げ処分に伴う債務の履行行為とみるべきで、それ自体は前と同様原告に対する違法行為となし難い。(ハ)そうして、前記払下げ処分もまた、津止と被告との間における私法上の契約関係であり、原告との関係ではとうてい直ちに違法行為がなされたとはなし得ない。加えるに、前記大島税務署官吏に過失があつたというほかには、他の係官らの行為に具体的な故意過失が存した如き事実は、原告も何ら主張立証をしないところである。かえつて他に特段の事情のないかぎり被告の係官らが前記国有財産台帳の本件土地に関する記載を適正なものと信頼し、本件土地につき前記の各行為をなしたものであることは、前記〈証拠省略〉および前記当時者間に争いない事実によりこれを推認するに足り右認定を覆すに足る証拠はない。

従つて、これら係官らには、何らの過失も存しないものというべきである。

(四)  のみならず、仮りに原告主張の如き不法行為に基づく損害賠償請求権が一応成立するものとしても不法行為時より二〇年を経過したとの被告主張の抗弁事実について原告はこれを明らかに争わないのでこれを自白したものとみなすべきところ、右事実によれば右損害賠償請求権はすでに時効消滅したものと解するのが相当である。この点につき原告は、消滅時効起算点は不法行為が表面化したときであると抗争するけれども、民法七二四条後段によれば被害者がその損害者を知らなかつた場合にも二〇年を経過したときは時効消滅することを認めた趣旨であることは明白で右主張は理由がない。

よつて、原告の右請求は、以上いずれの点よりみても、その余の事実につき判断を加えるまでもなく理由がないこと明らかである。

第二、原告の第二次主張に対する判断。

原告の第二次的主張は、上記被告右津止間の本件土地払下げ処分につき右津止に生じた民法第五六二条第一項所定の損害賠償請求権を右津止に代位してこれを行使する趣旨の主張と解せられるが、原告の主張によれば右津止はすでに死亡していてその相続人もさだかでないのであるから、原告の主張は被代位者の存在とその無資力につき主張を欠くものであり、主張自体失当というべきである。よつて被告の主張につきさらに判断するまでもなく原告の右請求もまた理由がない。

以上のとおりであるから原告の請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本敏男 吉野衛 保岡興治)

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